研究グループ

聴覚生理研究室

聴覚障害は感覚器障害の中で最も高頻度のもので、いわゆる老人性難聴を含めればほとんどの人が経験する障害の一つです。当研究室では聴覚、平衡覚に関わる診療、研究を行っています。

診療従事

当研究室のメンバーは聴覚専門のグループとして主に当科の耳再来、めまい再来で診療を行っています。また耳に関わる手術も当研究室のメンバーが中心になって行っています。

当研究室メンバーが手術を行う主な疾患

  • 慢性中耳炎、真珠腫性中耳炎:鼓膜形成術、鼓室形成術、乳突削開術など
  • 耳硬化症、鼓室硬化症:鼓室形成術、アブミ骨手術など
  • 外リンパ瘻:内耳窓閉鎖術など
  • 高度難聴:人工内耳植込術など
  • 顔面神経麻痺:顔面神経管開放術など
  • その他良性、悪性腫瘍の手術

研究について

私たちは日常診療で耳の病気を診るだけでなく、耳疾患の原因を解明したり、治療法を改良したり、さらには聴覚、平衡覚をより深く理解することを目指しさまざまな研究を行っています。

内リンパ電位を維持する機構の研究

内耳は鼓膜の物理的な振動を電気的な信号に変換して脳に伝えるという複雑な作業をしています。非常に速い(「音速」の)振動を効率よく電気に変換するため、内耳には常に十分な電気を流すための電池のようなしくみ(内リンパ電位)があることが分かっています。内リンパ電位は聴力に非常に重要な役割を果たしていますが、古くから研究されている分野にも関わらずその詳しいしくみは解明されていません。新潟大学医学部分子生理学教室で研究をしてきた吉田助教は、聞こえをもたらすこの神秘的なはたらきをよりよく理解するため、内リンパ電位を維持するしくみの研究を行っています。
内リンパ電位を維持する機構の研究

図:内リンパ電位を維持する機構(吉田助教発表の論文より引用)

ムンプスウイルスが細胞に感染する機構の解明

ムンプス(おたふく風邪)は後遺症として高度の難聴を引き起こす可能性があり、ムンプスワクチンが法定接種となっていないわが国ではこのムンプス難聴、ムンプス聾が多く発生しています。また、ワクチンを接種していてもムンプスにかかる人もいます。九州大学医学部ウイルス学教室で研究をしている久保田医師、上尾医師はこのムンプスウイルスがヒトの細胞に感染するときに「入り口」として使う糖鎖(受容体)構造を特定しました。現在は、なぜムンプス難聴が起こるのかというメカニズムに着目し、ムンプスの後遺症を防ぐ薬の開発やワクチンの改良のための研究をしています。
ムンプスウイルスが細胞に感染する機構の解明

図:ムンプスウイルスの表面にあるタンパク質と、結合した糖鎖(受容体)を上から見たところ(久保田医師発表の論文より引用)

胎内で内耳が出来上がる仕組みの解明

内耳は、解剖学的に「迷路(labyrinth)」とあだ名が付いているくらい複雑な構造をしています。胎児期にこの構造を正しく作り上げることに失敗すると「内耳奇形」となり、聴力に問題を生じます。九州大学医学部発生再生医学分野で学位を取得し、トロント大学に留学していた野田医師は、内耳や聴神経の形成に必要な細胞が必要な場所につくられ、正常な聴覚器としてでき上がるために必要な条件の研究と、聴神経の遺伝子治療の研究を行っています。この研究で得られた知識が、将来内耳や聴神経の再生治療を行うときに必要になると考えられています。
胎内で内耳が出来上がる仕組みの解明

図:胎生期の内耳で、正常な内耳形成を誘導する遺伝子が正しい場所に発現したところを着色(紫+青+橙)した写真(野田医師の学会発表データより引用)

幹細胞を用いた神経損傷を修復する研究

耳鼻咽喉科では聞こえ、顔の動き、声、飲み込みといった生活の質や生命そのものに関わるような重要な神経の病気を治療します。これらの大切な神経が加齢、病気、その病気の治療や手術で損傷することがあります。損傷してしまった神経は二度と回復しないと考えられてきましたが、胚性幹細胞(ES細胞)やノーベル賞で有名になった人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使って神経を再生する治療の開発が多くの期待を集めています。九州大学医学部応用幹細胞医科学講座で研究をしている安井医師、脇園医師は、神経幹細胞を使って傷ついた神経を修復する研究を進めています。
幹細胞を用いた神経損傷を修復する研究

図:損傷した神経を人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて修復する研究(九州大学応用幹細胞医科学講座ホームページより引用)

側頭骨手術支援システムの開発

耳の周囲(側頭骨)は解剖が複雑で、脳、大血管、内耳、そして数々の神経が入り組んだ場所です。この部位の手術を安全に行うためにはさまざまな手術支援機器が重要な役割を果たしています。現在は、手術用顕微鏡、内視鏡、顔面神経モニター、手術ナビゲーションなど、多くの支援機器を組み合わせて少しでも安全な手術を行っています。しかし、安全に「これで十分」というゴールはありません。九州大学病院先端医工学診療部と連携して研究している松本講師、小宗助教は、未来の側頭骨手術をさらに安全に、さらに確実にするための手術支援機器の開発研究を行っています。
側頭骨手術支援システムの開発

図:松本講師らが開発したナビゲーション機器の画面スナップ。掲載号の表紙に採用された。